鈴木理策
   Risaku Suzuki

薄闇の中で誘われるサント=ヴィクトワール山への旅
文●前田恭二
Kyoji Maeda 読売新聞記者

サント=ヴィクトワール山」56×71

 今年春の<M.SUGAWARA>展(新宿・エプサイト)につづく鈴木理策の新作展である。主題は、かのサント=ヴィクトワール山への旅。この写真家が熊野、恐山、道真信仰を主題としてきたことからすると、新しい展開かと思わせる。他方で、サント=ヴィクトワール山とは、セザンヌという近代絵画の巨匠をめぐる、いわば“伝説の山”にほかならない。さきに挙げたこれまでの作品においても、写真家は、信仰や伝説の場を歩き、ひところはやりの言葉で言えば、“大きな物語”に、彼自身の視覚的な経験を対置してきた。そう考えるなら、今回の新作展に至る、ひとつの理路を見いだしうる。

 さて、その会場で意表を突かれたのは、二階・メインギャラリーでの展示である。

 ギャラリーは暗く、何かの事情で照明を付け忘れたのかと思ったほどだが、写真はかけてある。そこで一歩踏み入ると、ぱっと一点のみ、スポットライトで照らし出された。ついで隣の写真に歩を進めると、その作品にスポットライトが当てられる。観衆の訪れをセンサーで感知し、照明を当てる仕掛けになっているのだろう。通り過ぎてしまった写真のスポットライトは、やがて消える。
 言ってしまえば機械仕掛けであって、それが写真の示す伸びやかな感覚をいくらか損なっていた気もするが、しかし、漠たる薄闇に一点、光につつまれて写真が浮かび上がる感じは興味を引く。あるいは、鈴木の写真観につながっているのかもしれない。
 だれの目にも明らかなように、この展示方法は、時間軸に沿ったシークエンスを強く写真に与えている。さらに、展示の全容が見渡せないまま、一点ずつ、順に見えてくることも意図されている。
 写真は、旅の過程で目にしたものを、言ってみれば淡々と提示している。セザンヌそのものを直接に主題化していないのは、これまでの作品と同様で、セザンヌの構図に拘泥したりする風はない。ひたすら風は強く、道はサント=ヴィクトワール山へと続く。
 それゆえ鈴木の写真を、映画とりわけロード・ムーヴィーのようだと感じる向きがあってもまったく不思議ではないけれど、大切なのは継時的な流れを設定しながら、その流れにおいて、写真とはついに断片にしか過ぎない、ということではないだろうか。むしろ継時性をことさら強く設定することによって、断片であることを際だたせている、というべきか。そのことによって、しかし、写真という断片が独特な喚起力を発揮することを、鈴木はおそらく熟知している。

 漠たる薄闇に写真が浮かび上がる。

 そんな展示のありようを、喚起の仕組みになぞらえてみたい気がする。

 薄闇とは、その時、まず写真家のサント=ヴィクトワール山への旅という経験の総体に連なり、さらにはサント=ヴィクトワール山とセザンヌをめぐるイメージの磁場、つまりは近代絵画の神話へと広がっている。そこから切り取られた写真は、断片的でありながらも画像としての質的な強さによって、見る者を写真家の旅、そしてセザンヌや近代絵画をめぐる夢想へと誘い出す。いわば皮膚の痛点を刺すようにして。

 じっさい、しばしば写真に現れる松樹の曲がり具合、何よりもサント=ヴィクトワール山という岩山が放つ、非現実的な、とも言ってみたいような光は、セザンヌの絵に不思議な角度でかかわっている。ただし再度強調すると、写真はセザンヌ等をめぐる物語を想起させること自体を直接の目的としていない。逆に、よく見ることに徹することで生じる写真の質がそうした想起を呼び寄せるのである。その意味で、「見ること」とはどういうことか、という問いに改めて向き合うこともできるだろう。

 このように鈴木の作品とは、世界から光学的に複写された、ささやかな断片にしか過ぎないという写真の特質を意識的に引き受けることによって、その喚起力を十分に引き出している。そのあたりを何らかのレトリックによって世界のまったき表象であると主張したり、自己の内的世界の現れと言い換えたりする写真とくらべるまでもなく、その写真はすがすがしさに満ちている。

■<風を見る 山にさわる>鈴木理策展
8月3日〜31日
フォト・ギャラリー・インターナショナル
港区芝浦4―12―32
電03―3455―7827

■すずき りさく
1963 和歌山県生まれ
1987 東京綜合写真専門学校研究科卒業
1990〜個展活動(主にフォト・ギャラリー・インターナショナル)
1998 写真集『KUMANO』(光琳社)刊行
1999 写真集『PILES OF TIMES』(光琳社)刊行
2000 写真集『Saskia』(リトルモア)刊行
    第25回木村伊兵衛賞受賞
2000  木村伊兵衛賞受賞。


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